- ホーム>
- めまいの原因|耳とめまい
耳とめまい
耳は聴力以外に体のバランスを保つための平衡機能とも密接な関係を有する器官で、耳鼻科の先生方が中心になって今日の「めまい学」が築かれてきたとしても過言ではないでしょう。めまいについての多くの家庭医学書やホームページも耳鼻科的疾患に力点が置かれています。 めまいに罹った患者さんも耳鼻科を受診することが多く、日頃聞き慣れない病名を告げられて戸惑う方も多いと思います。ここではそのような患者さん方の役に立つように、耳鼻科的な病名や考え方について概説します。ただ、私自身は脳を専門とした内科医であり、ここに書く内容は、私自身が勉強の目的もかねて、何冊かの医学書を読み漁ってまとめたものであることをご了承下さい。その方がかえって患者さん方には判り易いかも知れません。
1. 予備知識
(1) 耳の構造と機能
耳はいわゆる耳の孔から、さらに奥に中耳、内耳につながっています。めまいに関連するのはこの一番奥にある内耳です。三半規管や内リンパ液が存在する“迷路”にも似た複雑な構造です。聴力を司る蝸牛神経、平衡機能に関係する前庭神経が脳や体の多くの部分につながっています。 耳鼻科領域で使われる病名の殆どは、内耳における事件です。
(2) 眼振
めまい全般を理解するにあたって、“眼振”と言われる現象を理解しておくことがもっとも重要です。眼振は、その名のとおり眼球が振動する状態でその振れ方は水平、上下以外に時計回り、あるいはその逆であったりいろいろな方向に生じます。この眼振の性状によって説明されているのが大部分のめまいです。突然に天井がグルグル回るという典型的めまいでは、突然に眼振が生じています。
眼振を生じる原因は、大きく分けて、脳と耳とそれ以外になります。眼振と関連しためまいを耳における異常に着目しているのが耳鼻科を受診した場合での病名につながります。大ざっぱに言えば、眼振の原因となる病気を耳に限局して説明あるいは解釈されているのが、ここで解説するメニエール病をはじめとした耳鼻科的めまいの考え方の基本です。それでも、十分に説明できない場合、耳鼻科的には「原因不明」とか単に「めまい症」と診断されたりします。
(3)耳鳴
めまいには、高率に耳鳴、難聴などの聴覚異常を合併します。耳鳴、難聴を伴って発病する耳鼻科的めまいの代表がメニエール病です。同時にめまいの有無によらず多くの人は、過去あるいは現在に何らかの程度の耳鳴を感じていますので、耳鳴イコールめまいともいきません。眼振が他覚的に観察できるのに比して、耳鳴の大部分は患者本人しか聴こえない「自覚的」なもので評価の難しいものです。左右の耳側かの判断も難しく、時には頭鳴まであります。 耳鳴や難聴は中耳および関連した聴神経の異常とされています。聴神経はカタツムリに似た蝸牛といわれる部分につながり蝸牛神経とも表現されます。外耳からの音が、中耳にあるツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨を総称した耳小骨に伝えられ、内耳の蝸牛でエネルギー処理され、さらに聴神経を通って脳の中枢へとつながります。外耳から中耳、内耳を含む耳全体と脳との間のいずれかに障害が生じた状況が耳鳴、難聴、耳閉感などの聴力障害の原因とされています。セミ 「外耳性」や「中耳性」の耳鳴には適切な治療で治るものもあり、耳鼻科での治療が必要です。外耳に耳あかやゴミなどの異物の貯まっている状態は除去すると治ります。また、中耳の病気として、中耳炎、耳管狭窄症があり、耳鼻科的治療効果が期待されます。耳鳴を発症する脳梗塞、聴神経腫瘍や脳血管の病気もあり、MR、CTによってそのような病気がないことを確認しておくことは必要です。 一番やっかいで多い耳鳴は、「内耳性」のもので原因は不明です。耳鳴の原因を解明して治療することは困難です。治りにくいので十軒近くの耳鼻科で診察を受けたある患者さんに教えてもらったことですが、「耳鳴は治りません」と待合いに大きく表示しているところもあるそうです。この医師の治らないとの表示も正直で良いのかも知れませんが、アンチエイジングに尽力している今日の医学事情を考えますと何とか「治したい」ものです。治り難い場合でも、鍼灸治療が効することもあります。またくびマッサージをめまい治療の基本としていますと、めまいと同時に耳鳴が軽快することもあります。めまいと同様に、耳鳴の原因や治療についても見直すべきでしょう。
2. 病名解説
(1) メニエール病
めまいの原因としてもっとも注目される耳の病気で、めまいの代名詞ともいえます。患者さんのなかには、めまいのことをフランス語でメニエールというように勘違いしている人もいるぐらいです。1856年フランスの神経内科医プロスパー・メニエールが、生前めまいを有していた白血病の少女を解剖したところ、耳の一部である内耳に出血が認められたことに由来します。それまでは、めまいの原因は脳の病気と考えられていましたので、当時としては大変な話題になった発表です。 アメリカ耳鼻咽喉科学会の1995年でのメニエール病の国際的は定義は『20分以上続く回転性めまい発作が2回以上、少なくとも一度は聴力検査による聴覚障害が確認されていること、患耳の耳鳴または耳閉感を認める』とされています。 一般には、ここまで厳密ではなくても、突然の回転性めまいと同時に難聴、耳鳴、耳閉感などの耳の症状を呈する患者さんに対して使われる病名です。ところが、実際には、それらの耳症状の回転性めまいとの時間的な前後関係があいまいであったり、ばらつきがあったりして、診断は必ずしも容易ではありません。慎重な医師たちはメニエール病をメニエール症候群として多少の区別をしています。メニエール病は、内耳にある内リンパ液が溜まり過ぎた内リンパ水腫によると考えられています。何故このような水の貯留が生じるかについて、リンパ液の生産過程や吸収、排泄過程のアンバランスによって説明されつつありますが、はっきりしたことはいまだ不明です。 治療上に全身的な水分摂取を減ずるとする見方もあれば、逆に水分摂取を多くするとする意見もあり、いずれにしてもはっきりしません。外科的に水腫を除去する方法も研究中です。
(2) 良性発作性頭位めまい
最近になって典型的なメニエール病が少なくなっているとの見解からメニエール病に代わって注目されている病名です。この病気は病名の示すように、メニエール病と比べて、回転性めまいの持続が1-2分と短く、同じ体位あるいは頭位をとることにより生じるめまいに対する病名です。症状や経過が良好であることから”良性”と付け加えられています。 内耳の耳石器官内にある耳石が壁から剥離して遊離することにより、前、後、外側にある三半規管のひとつの後半規管に逆入して刺激することによるとされています。めまい発作の最中では、眼振とよばれる異常眼球運動が見られ、この眼振が、臥床や起立の動作によって変化します。 日本語の病名では頭位めまいですが、体のポジションを動かせることによって生じるめまいで、“頭位”めまいとするよりも“体位”めまいとする方が実際的に思われます。それでも、そのめまいはベッドで臥床して、頭を下げてくびを後屈した姿勢をとることにより軽快することから、“頭位性”と表現されているものと推測します。不思議なのは、このくびを屈曲される動作を、耳の中の変化と結びつけて考えることはドラマみたいで何かこじつけ的な無理があるように思われてなりません。耳と同時にくびも動きますので、くびから生じる「頚性めまい」との区別を必要とするでしょう。
(3) 前庭神経炎
メニエール病や良性発作性頭位めまい症と異なり、①数日間続く強い回転性のめまいを生じますが、②耳鳴や難聴はなく、③めまいを反復しない病気です。かたつむりと滝この病気は、風邪引き後に起こることが多く、前庭神経にヘルペス、おたふく風邪ウィルス、ヘルペスウィルス、風疹ウィルス、インフルエンザウィルス、などの各種のウィルス感染症の感染によると考えられています。 前庭とは、内耳の中で、三半規管やかたつむりに似た蝸牛につながる部分ですが、この部分に存在するのが前庭神経で、脳の中心部ともいえる脳幹にある前庭神経核と連絡しています。前庭神経核はめまいに関連する脳にむかう多くの神経と連絡しているもっとも重要な場所のひとつです。前庭神経にウィルス感染があれば、当然のことながら強いめまい、嘔吐を生じます。抗ウィルス剤の治療効果が期待されますが、系統的な研究は目下ありません。
(4) 突発性難聴後めまい
突然に生じる一側性の難聴に相前後して生じる“回転性”、“浮動性”のめまいを主な症状とするめまいとされています。耳に関連したその他のめまいであるメニエール病、良性発作性頭位めまい症、前庭神経炎と異なり、回転性のみならず“浮動性”めまいに配慮した病名です。 前庭神経炎が前庭神経を主たる障害部位としているのに比して、突発性難聴後めまいは内耳の障害とされています。この病気の診断も多少困難です。ある程度の難聴は誰しも有していますので、一体いつから発病しているかの評価が下し難いからです。
(5) その他
① 中耳炎後遺症
軽い中耳炎では、耳痛、軽度の難聴、耳漏はあってもめまいを生じませんが、炎症や菌の力が強い場合に、中耳と内耳の間の膜をとおって、内耳に及 びめまいを生じるとされています。
② 真珠腫
慢性中耳炎が、頭蓋骨の一部で耳の主要な部分を保護している側頭骨に出きる腫瘍です。進行すると中耳に侵入し、三半規管のひとつの外側半規管 に 障害を与えてめまいを生じます。この病気は、耳科的めまいの中でも、唯一に近くCTやMRで診断可能です。
③ 遅発性内リンパ水腫
発病時期が不明な難聴、聾の人が突然回転性めまいを反復する場合に下される診断名です。難聴は一側のことも両側のこともあります。メニエール病 と違って、めまいと同時期に難聴、耳鳴が増悪しないとされているが、おおよそメニエール病と似た病気です。
④ 外リンパ瘻
重い荷物をもつ、潜水する、鼻を強くかむ、などして中耳あるいは脊髄液の圧が急激に上昇して発病します。内耳と外耳の間の防水壁ともいえる膜 が決壊破裂して、外リンパ液が中耳腔に侵入あるいは漏れ込むことによって回転性あるいは浮動性のめまいや難聴の生じる病気です。発作時に、膜 が破れるような「ポンという音」が聞こえたり、「水の流れるような耳鳴」があるとされています。外リンパ液の動きに影響する因子が、髄液圧 を上昇させることによる外方爆発ルートと、耳の穴にある中耳からの内方爆発ルートがあるとされています。この病気自体は滅多にないものですが、めまい全体の原因を考える上で多少意味がもたれますのは、リンパ液の流れと脊髄液の圧や流れとめまいの因果関係を意義づける根拠になりうることです。脊髄液減少症とする考え方や、私どもが考えています脳で産生された髄液がくびから全身へと通過する経路以外に、まるで“津波”のような耳へ押し寄せるメカニズムとしての水流不全説(仮説)を想定することも無理からぬことを意味しているのではないでしょうか?
3. 「耳鼻科的めまい学」への疑問
めまいの原因として、脳とならんで耳はきわめて水の流れ重要な位置を占めます。過去から現代に至るまで、めまいと耳の関係について耳鼻科領域での精細な研究が続けられ、今日の「めまい学」における基礎理論を構築してきました。それでいて、めまいを耳だけから、あるいは耳を中心にして考えるにはいくつかの疑問があります。 有名な耳鼻科医である、高橋正絋氏は、「メニエール病は、厚生省の研究班が30年近く継続するが、いまだに病院は不明で、治療法も確立していない。班研究開始1年ほどで解決したスモン病とは著しく対照的である。その理由を探るため、過去のメニエール病研究論文をカテゴリー別に調べてみた。メニエール病をキーワードにコンピュータ検索(Pub Med)すると、1950年から2004年7月現在までに、5554編の研究論文が見つかる。診断と組み合わせると3266編、治療は2492編、成因は1968編、手術は1432編、総説は523編、保存治療は439編、予後は263編、予防は73編、ストレスは51編であった。これらは、研究戦略の誤りと研究分野の偏りが未解決の原因であることを示唆している。(「メニエール病はなぜ解決されないか」東海大学医学部耳鼻咽喉科学 高橋正紘 他 傍点著者)」と現在のめまい学に疑問を提示されています。多くの内科医や神経内科医も同時の疑問を抱いているはずです。