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共同通信社 脳内地震のエッセイ集 ー現代めまい考ー
めまい『脳内地震のミステリー』(スパイス社)のダイジェスト版、エッセイとして 共同通信社を通じて各新聞社に掲載されています。
掲載新聞社一覧
大阪日日新聞、神戸新聞、愛媛新聞、伊勢新聞、埼玉新聞、中國新聞、日本海新聞、 岐阜新聞、熊本日日新聞、山陰中央新報、岩手日報、四國新聞、山陽新聞、千葉日報、 北國新聞、富山新聞、秋田魁新報、沖縄タイムス、琉球新報 計19社
01
「ドスン、グラッ 震度は?」
体のバランス感覚が障害され、立っていられなくなったり、怖くて座り込んだり・・・。
いつも不意打ちで襲ってくる「めまい」は、日常生活に支障が出るだけでなく、不愉快で不安な気持ちにさせられる厄介な病気です。
基本的な症状は「平衡機能の障害」と説明されますが、原因や仕組みは今でもよく分かっていません。家庭医学書には「一時的」とも「反復する」ともあり、なかなか要領を得ません。
症状が治まった後も心は不安に揺れ動き、たまらず医師に相談しても、明快な答えは返ってこない・・・。特に初めて体験した人は、心配が尽きないことでしょう。とっさに「地震だ!」と錯覚し、やがて間違いに気付くと「脳に異変でも起きたのでは?」と不安になる人が多いはず。
ドスーン、グラグラとくる“本震”に、グラリ、ユラユラと続く“余震”。言われてみれば、地震とめまいのイメージはそっくりです。
「天井がグルグル回る」「まっすぐ歩けない」に始まり、「足が地に着かない」「体が地面に沈んでいく」「船に乗ってるみたい」まで、どれも大勢の患者さんたちの悩みに耳を傾け、勉強させてもらった内容です。症状が似ているだけではなく、めまいを考える上で参考になる点は多くあります。震度の違いはどうして生じるのか。縦揺れと横揺れは何が違うのか。
めまいが起こる際には、地震と同じような「エネルギーの暴発」が脳で起きているのではないか。最近はそんなことも考えています。
ある調査統計によると、日本人の十人に一人、米国では実に三人に一人が体験するとも言われるめまい。その謎めいた“震源地”を目指し、入り組んだ迷宮に飛び込むことにしましょう。
02
第二話 罪深き「メニエル伝説」
めまいに悩む患者さんの中には、メニエルとは「めまいを意味するフランス語」と思い込んでいる人がいます。これは大間違い。「めまいが起きたら、すべてメニエル病」という誤った解釈は、これほどまでに根深いのです。
フランスの内科医メニエルが、めまいを患っていた少女の遺体を解剖し、「内耳に出血があった」と発表したのは一八六一年のこと。当時、めまいは脳の病気と考えられており、耳との関連を指摘したメニエルの報告は画期的な内容でした。
その後、温度が異なる水を耳に注ぎ込むと、めまいが起きる傾向も確認され、「めまいは耳から」とするメニエルの説が、欧州を中心とした当時の医療界に急速に定着したのです。
その基本理論は「内耳のリンパ液が『突然』破裂する」というものでしたが、問題は、そんな現場は誰も見たことがないこと。「グルグル回る」「フワフワ揺れる」といった症状の説明にもならず、“潜伏期間”を経て再発する理由も示してくれません。めまいを耳だけの理屈で片付けてしまうには、かなりの無理があります。
メニエル病には現在、1.周囲がグルグル回るタイプのめまいが起こり 2.ほぼ同時に耳鳴りや難聴が発生 3.繰り返して発症する―という一応の診断基準があります。しかし、こうした基準に当てはまらなくても、めまいが起こる人はたくさんいます。医療の進歩で中耳炎などの感染症が減ったこともあり、最近はメニエル病が疑われるケースは減っているようです。
めまいの謎を解明する上で、メニエルが果たした役割を軽視するつもりはありません。人間の平衡機能に、耳の三半規管が大きく関与していることは周知の事実です。強調したいのは、めまいの原因には、脳を巻き込んだ“何か”が確実に関係しているということなのです。
「めまい=メニエル病」と思って診療を受けに訪れる患者さんに、ここまで説明するのは相当に手間と時間がかかります。約百五十年の歴史を刻む「メニエル伝説」は今も、医師にも患者さんにも重くのしかかっているのです。
03
小説や映画の題材に
めまいは以前から、映画や小説の題材になってきました。
特に有名なのは、ヒッチコック監督の映画「めまい」でしょう。高所恐怖症に悩み警察を辞めた男性が、奇妙な事件に巻き込まれていく心理サスペンスの傑作。高い空間で吸い込まれそうな恐怖感が描かれ、らせん階段が舞台となるヤマ場のシーンでは、渦巻くような不気味な情景が不安な心理を演出しています。
この主人公の場合、目から入った情報が脳で誤って処理される認識の障害が、めまいの引き金になっているようです。視覚による情報がパニック症状を引き起こす点は、テレビでアニメを見ていた子どもたちを襲った「ポケモン被害」も同じ仕組み。どちらの現象も、一つの「脳内地震」と言ってよいでしょう。
一方、池波正太郎の時代小説「剣客商売」では、剣術一筋に生きる主人公の侍に、「メニエル病」か「良性発作性頭位めまい」のような発作がしばしば起きています。朝方には、めまいに加えて耳鳴りもあり、過去の剣道修行で痛めた首も関係しそう。「頸性めまい」と診断するべきかもしれません。
気丈な彼は、知人に「めまいごときは病気ではない」と豪語していますが、「たかがめまい」と軽視する昨今の風潮にも似ています。
また、夏目漱石の名作「こころ」にも“ふらつき”や転倒を繰り返す主人公の父親が登場しています。その様子から判断するに「椎骨(ついこつ)脳底動脈血流不全症」のようです。脳の一時的な血流障害に関連し、老人に多いタイプのめまい。「たかがめまい」と思いながらも、まめに父親を見舞う主人公の姿に、文豪の人柄もうかがえます。
ここで、紹介した三つの作品は、どれも症状などの描写が具体的で細かく、作者や身近な家族などに、めまいに悩んでいた人がいたと推測されます。おまけに、それぞれの症状はバラバラで、原因も三者三様。めまいの複雑性をいみじくも暗示しているようです。
洋の東西は違っても、めまいは身近なドラマなのでしょう。
04
MRで浮かんだ白い影?
めまいの検査法はいくつかありますが、最も大切なのは「脳MR検査法」です。
「磁気共鳴(MR)画像装置」を使い、磁場に対する脳の成分の反応を解析する検査で、脳の中を画像で見ることができるのが特徴。エックス線を使う「コンピューター断層撮影装置(CT)」と形は似ていますが、より精密な画像が得られる利点があります。
めまいがある人のMR画像には、共通した傾向があります。特定の撮影法を使うと、画像に白い斑点のようなものが写る「白質病変」という所見が見られるのです。「脳梗塞(こうそく)」の所見と似てはいますが別物で、脳梗塞との関連も現段階でははっきりしません。
直径三、四ミリの斑点が方々に散らばっているタイプ、チョウの羽のような形に連なるタイプがあり、「星空型」「バタフライ型」と私は呼んでいます。斑点の数もいろいろで、中には一ヵ所だけ「一番星」みたいに見えるケースもありました。
白質病変とめまいの関係が注目されてきた背景には、「脳ドック」の普及があります。さまざまな検査で脳の健康診断を行い、脳卒中、くも膜下出血、認知症などの予防に役立てるのが目的ですが、目立った脳の病気がない人でも、白質病変が見つかるケースが増えてきたのです。
最近は、脳の老化や空間、時間などの認識障害に白質病変が関与し、めまいの原因にも関係があることが少しずつ判明。めまい治療の現場では、この奇妙な“白い影”の実態解明が大きな課題になっています。
不思議なのは、白質病変はCTには写らず、MRだけに写ること。そして「解剖しても実態がはっきりしない」との海外報告があることです。組織や構造など“目に見える”存在ではなく、磁力にだけ反応する「脳内物質」のようなものなのかもしれません。
白質病変がめまいに及ぼす影響の研究は、まだ始まったばかりです。その正体を見極めることができれば、「脳内地震」の震源地やエネルギー源を特定する有力な手掛かりになることでしょう。
05
高血圧が諸悪の根源?
めまいを抱える患者さんは、アレコレと原因を思い悩むようです。
中でも目立つのが「血圧が上がったから」という“診断”。めまいで受診した際に、医師に「血圧が高いですね」と指摘された人が多いようです。天井がグルグル回り、救急車で病院に運ばれた時に、最大血圧が「180」「200」などと言われ、降圧薬を処方された人もいます。
ところが血圧が下がっても、フラフラした症状はなくならない場合が多いのです。
「血圧は落ち着いたのに」と思いつつ、救急病院での高い数値は気掛かり。「普段は低血圧なのに」と患者さんは不思議がるばかり・・・。
でも、ちょっと考えてみてください。
突然、天井がグルグル回れば、恐怖と不安で血圧が上がるのは当たり前です。おまけに救急車のサイレンで胸はドキドキ。血圧の上昇でめまいが起きたと考えるよりも、めまいや救急搬送という「非常事態」が、血圧に影響したと考える方が自然でしょう。
高血圧は脳卒中や心筋梗塞(こうそく)の危険因子ではありますが、めまいまで血圧のせいにするのは疑問です。 血圧の値は日ごと、時間帯ごとに変動しています。最近よく言われているように、医師や看護師の姿を見るだけで血圧が上がる「白衣高血圧」の人もいる。ちょっとした「異変」に影響されやすいのは、繊細でデリケートな人。そうでなくても、日ごろから神経を使い、首や肩が凝っている人が多いようです。
肩や首の凝りと血圧との関係も、なかなか複雑。今のところ、首の周辺の自立神経に影響し、血圧が上下すると考えられていますが、まだまだ不明なことも多い。
ストレスなどで血圧が急激に上がったり風呂でのぼせて逆に下がったりした場合は、脳内の血液の量や流れ方に影響し、フラッとすることはあり得ます。だからといって、めまいを血圧だけで説明するのは無理があると思います。
めまいと血圧、肩こりは、いわばニワトリと卵が三つどもえに絡んだ複雑な三角関係です。その場限りの誤った自己診断には、“ご用心”を。
06
鍵を握る「首」
めまいの原因に関係しているのは、脳や耳だけではありません。意外に見落とされているのが「首」の問題です。
めまいに悩んでいる人々の八割には、首の凝りや痛みがあります。「肩よりも首」というのが特徴で、「めまいが起こる前に首が痛くなった」「首の付け根から後頭部が重く感じた」と話す人が多い。こうした首の自覚症状が強いタイプは、「頸性(けいせい)めまい」とでも呼ぶべきだろうと私は考えています。
首は約千二百―千四百グラムもある脳を支え、全身と結んでいる重要な“連絡路”です。体の末端と脳をつなぐ重要な血管や神経が集中しているだけでなく、脳や脊髄(せきずい)を守る体液循環の“関所”のような役割も果たしており、米国には「めまいの改善には、首の凝りの治療が極めて有効だ」とする研究報告もあります。
ところが、こうした「頸性めまい」の考え方は、治療現場のスタンダードにはなっていないのが現状です。国際的に有力なドイツの研究者が「本当にそんなものが存在するのか」と疑問視している事情もあり、日本でも軽視されがちです。
例えば、「自分のめまいは首に関係がありそうだ」と思って診察を受けても、医師は「首の凝りは肩凝りと同じ。目の疲れが原因でしょう」。ストレス性、自律神経失調症などと診断されたり、女性の場合は「更年期障害」と言われるケースも多いようです。
患者さんの多くが訴える首の症状に、なぜ注意を向けないのでしょうか。理解に苦しむところです。
一つ言えるのは、首という器官は、脳外科や整形外科、内科など、さまざまな診療科が治療に関与する「境界領域」だということです。それぞれの分野の医師たちが遠慮し合って、治療に手を出しにくい“盲点”となってきたのかもしれません。
原因や仕組みが複雑なめまい治療に取り組む上で、首との関連性に目を背けるわけにはいきません。「首の重要性」を見直すことは、めまいに限らず、健康医学に残された大きな課題の一つだと思っています。
07
酷使した心の悲鳴
ある年のこと。
大阪“ミナミ”の道頓堀の近くから、若い患者さんが相談にやって来ました。目鼻立ちの整った若い女性。数年前からめまいを繰り返すようになったと言います。
ひと通りの診察後、職業を尋ねました。めまいの原因に絡む目の疲れ、首や肩の凝りは、美容師や調理師、マッサージ師などの特定の職種に多い。すると、返ってきた答えは・・・。
「風俗です」
とっさに頭に浮かんだのは、道頓堀川沿いの風俗街、宗右衛門町のネオン。なのに、出てきたのは「長時間パソコンを使ったりしますか?」とマヌケな質問でした。「いえ、風俗です。」と硬い声で繰り返す女性。「力仕事ですか?」と聞くのは、さすがに気がとがめました。
もう一度診察すると、首筋がコチコチに凝っています。めまいを治すには、まずは首の凝りをほぐすのが先決です。「朝夕のマッサージを欠かさないように」。そう言う私にうなずき、女性は帰っていきました。
二週間後。再び現れた女性は少し疲れた顔でした。しばらく“お客”が多かったようです。治りが悪い。首の痛みには、出産時に受けたダメージが残っていることがあり、気分を変える意味もあって、こう聞いてみました。「生まれたときは難産でしたか?」
女性は一瞬、目を閉じて「それは私のことですか?それとも子どものことですか?」。聞けば、幼い男の子がいると言います。体重七キロ。甘え盛りの息子に抱きつかれ、痛みを隠して添い寝する姿が浮かび、酷使してきた心の悲鳴が聞こえるようでした。
カルテを見直すと、数年前に大きな自動車事故にも巻き込まれているようです。めまいが起こる約一年前。出産の直前です。「大変な事故だったんですか?」と私。女性は「ええ、主人が死にまして。それで大阪に出てきました・・・」。今回は少し趣向を変えた“大阪めまい噺(ばなし)”。道頓堀の水面(みなも)は、赤い灯、青い灯を揺らめかせ、変わりゆく人の世の営みを映しているようでした。
08
日ごろの注意が予防策
めまいの原因に首がどう関係するのかは、正確には分かっていません。ただ日常生活の注意点はいくつかありますので、ご紹介しましょう。
まず最初は重い物を持たないこと。
通勤、通学時のカバン、買い物かごは詰めすぎに注意。職場の書類や取扱商品も無理して一度に運ばない。久しぶりに訪ねてきたお孫さんを「高い、高い」したり、寝たきりの病人や老人を介護で抱き上げる行為も、首の負担になっています。
首を圧迫する服装にも要注意です。タートルネックやハイネックのシャツやセーターを常用したり、ネクタイをきつく締めるのは良くありません。重いネックレスやペンダントも、なるべく避けるのが無難でしょう。
長時間の運転や首を反り返らせる動作、強すぎるマッサージなど、何げない習慣や好みの中にも、首や肩、背筋の凝りを引き起こすものがあります。前かがみで洗髪や調理を続けるのも、首への負担は軽くありません。
睡眠は健康にとって極めて重要なだけに、まくらも慎重に選びたいもの。めまい防止の観点では、低いまくらは薦められません。首が反らないよう頭をしっかり支えるには、ある程度の高さが必要。昔から言うように「まくらを高くして寝る」のがよいと思います。
また、パソコンの長時間使用は目に悪いだけではありません。姿勢が崩れ、首や背筋に悪影響があることもお忘れなく。細工物などの手先仕事や編み物も、根を詰めすぎるのは考えものです。
最後はスポーツです。
水泳は健康面で利点が多く、水中歩行は足腰の筋力を強め、ふらつきを減らす大切な手段です。ただ平泳ぎやバタフライは要注意。息継ぎなどの際に首や背筋を大きく反らせる動きが含まれているからです。
首の回転が伴うゴルファーには、ラウンド後はマッサージが有効。ジムに通っている人は、重量挙げのウェートが重すぎると、逆効果になってしまいます。
たかが首の凝りと油断せず、ちょっとした注意や配慮で「脳名地震」を予防しましょう。
09
本当に心の問題?
多くの家庭医学書では「めまいの原因として、ストレスなどの精神的な要因が大きな位置を占める」と書かれています。でも本当にそうなら、世論やマスコミの批判に日々耐えている医師や政治家は、めまいの患者ばかりになるはず。おかしな話だと思いませんか?
めまいで受診した医師に「心の病気」と言われ、心療内科や心理カウンセリングに通っている患者さんは、確かに少なくありません。でも心の病気は「自律神経失調症」「更年期障害」と同様に、検査でハッキリした異常が出ない場合に使われがちな診断名でもあります。原因が分からない医師が、苦し紛れに使っている恐れがないとも限りません。
目に見えない心を持ち出されると、患者さんの側も何となく納得してしまうかもしれませが、「そんなはずはない」「深刻な悩みなどないのに・・・」と疑問を感じる人も大勢います。「心の病気と言われたこと自体が一番ショック。心が痛い。」と嘆く人もいます。
もっとも、心とめまいが無関係だと言っているわけではありません。医師が心の側面を考慮し、患者さんの症状を注意深く観察するのは大切なこと。ここで言いたいのは、精神的、心理的な要因が、めまいを引き起こす直接の元凶とは考えられないということです。
逆に言えば、長期間めまいに悩み、回復の兆しも見えなければ、憂うつな気分に落ち込んでいくのはあたり前です。めまいが起こる以前から抑うつ的な傾向があった人なら、発症を機に状態が悪くなる可能性も十分に考えられます。
最近はがんや大けがの治療でも、メンタルな側面が重視される時代です。どんな病気の治療でも精神的、心理的な視点は欠かせません。ただ残念なことですが、今の医療現場は、十分な検査や診察をせず、めまいを心の病気と決めつける医師がいないとは言い切れないのが実情です。
「脳内地震」の迷路は複雑に入り組んでいます。でも前進することを放棄し、安易な診断に“逃げる”のでは、何も解決しません。今は手探りでも、ねばり強く試行錯誤を重ねれば、いつかは心、いや脳に潜む“震源地”にたどり着くはずです。
10
ベースボール理論で探る
既にお話ししたように、めまいの発症には脳や耳、目、首などの器官がかかわっていると考えられ、一つだけに原因を絞り込むのは無理があります。「そんなに単純ではない」とも言えますし、「すべてが微妙に絡み合っている」という言い方もできるでしょう。
めまいを「事件」とした場合、犯人は果たして単独犯か複数犯か。実際に手を下した実行犯は誰か。犯行を計画し、黒幕として指示した主犯は誰なのか。ひょっとしたら、何人かの犯人が等しく責任を負う「共同正犯」と呼ぶべき状態なのかもしれません。
発症のメカニズムは、野球にも例えられます。こうした考え方を仮に「ベースボール理論」と呼ぶことにします。
野球では、ホームランは別として、ヒット一本だけでは点は入りません。シングルヒットが四本続いたり、シングルヒットに二塁打が続くなど、とにかく打者が次々に塁に出ないと、最終的に得点にはなりません。
そこで「白質病変」などの脳の小さな異変、耳の病気、首の古い外傷の三つを「満塁の走者」と想定してみます。めまいという「得点」につなげるには、さらに何が必要でしょうか。タイムリーヒットか押し出しの四死球か、それとも相手のエラーか・・・。
まず考えられるのは体の動作です。首を回す、寝床から起きる、歩くといった極めて日常的な動作でも、発症の直接的な引き金になり得ます。テレビやパソコンの画面を注視するのも同様です。
得点につながる一連のベースボール的展開の基本には、「めまいを生じるためには、その前段階となる準備状態が必要」という考え方があります。睡眠不足や疲れも“犯人グループ”の仲間です。一つ一つの事件は小さくても、その積み重ねが背景にあれば、重大事件に発展する恐れは常にあるのです。
こうした“導火線”に着火する“何か”をきっかけに、発症のシステムが作動してエネルギーの爆発が起こり、「脳内地震」が発生すると考えられます。
ただし「そもそものエネルギーはどこから来るのか」という謎は、依然として残ります。
11
社会の在り方も問題
「めまいは近年増加している」との記載が、家庭医学書などで多く見られます。「国民病」「現代病」とも言われ、生活習慣病、ストレスなどと関連づける説明が多いようです。いずれも、どうもスッキリしません。
そもそも生活習慣病とは、高血圧や肥満、糖尿病などが主な危険因子となり、動脈硬化などを伴って起きる脳、心臓の「血管病」の総称です。しかし、めまいが高血圧や高脂血症などを合併するケースが少ないことは海外で報告されており、めまいの原因を血管病で説明してしまうのは無理があります。
めまいを考えるには食事や運動、睡眠など、誰にでも当てはまる生活の“習慣”よりも、時代とともに絶えず変化し、個人差も大きい“行動様式”や“環境”にもっと目を向けるべきではないでしょうか。
交通機関の発達で運動不足が加速し、パソコンの普及で目が疲れ、姿勢が悪くなるのは、時代の必然とも考えられます。携帯電話やヘッドホンを片時も手放せない若者たちは、耳の疲労が慢性化しているはずです。
さらには、市場原理で勝ち組、負け組を選別していく競争社会の在り方も見直されるべきでしょう。常に仕事と隣り合わせの切迫感が生活リズムをゆがめ、全身の神経バランスを崩し、人間が丸い地球で転ばずに暮らす“能力”を脅かしていると言えると思います。
環境面で言えば、地球温暖化や電磁波、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)なども、健康には脅威です。抗生物質が効かない耐性菌が増加したり、遺伝子治療の進歩で出産をめぐる倫理問題が発生するなど、医療技術の発達をあざ笑うような皮肉な事態も起きています。
それぞれは日常的な事柄がジワジワと増殖し、複合汚染のように現代人をむしばんでいる気がしてなりません。その結果として「脳内地震」の予備軍が増えたという説明なら、受け入れやすいのではないでしょうか。
そして問題の解決には、めまいの本質に迫る医学の進歩、患者さんの生活改善の努力に加え、不健康な社会の修正に向けた国家的な認識が不可欠だと思うのです。
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エネルギー放出で発症か
めまいを「脳内地震」と呼ぶ理由は、「ドス-ン」「グラグラ」といった症状が似ているというだけではありません。発症のメカニズムも地震発生の仕組みに近いと考えたからです。
詳しくは拙著「めまい 脳内地震のミステリー」(スパイス社刊)をご覧いただくとして、簡単にまとめてみます。
海底や陸地などの地球表面は、「プレート」と呼ばれる十数枚の岩盤で覆われています。各プレートは年間数センチの速さで別々の方向に移動しており、それぞれが押し合い、引き合う境界部には「ひずみ」のエネルギーが蓄積。限界を超えると一気に放出され、地震が発生するとされています。
具体的には、プレートの先端が跳ね上がったり、不安定な断層がずれて動き、振動が地表に伝わる仕組み。一般的には、放出されるエネルギーが大きいほど、また断層が地表に近いほど大地震になるとされています。
一方、脳の大部分を占める大脳の表面は、「灰白質」と呼ばれる神経細胞の層に覆われています。耳の平衡機能や目による情報を総括する中枢がある部分で、その下層には神経細胞の通り道である「白質」もあります。ちょうど地球のプレートのような構造です。
さて、脳の表面や深部で“何か”が起こり、既にお話しした「白質病変」の形で表れたと仮定します。その結果、大脳に「ひずみ」が生じエネルギーが蓄積。限界を超えて放出され、灰白質を通じて耳や目を刺激し、めまいが起きる。症状の程度やタイプは“震源地”との距離で決まる。私はそう考えています。
エネルギーの蓄積と放出は、その後も断続的に続き、さまざまな「脳内地震」が発生する。そう考えると、めまいが数年ごとに再発する理由も説明できます。
ただ地震に例えるだけでは、すべては説明できません。賢明な読者の方ならお分かりでしょう。
例えば血液、リンパ、脳脊髄(せきずい)液など体内の水分はどう関与するのか。海底地震と津波の関係に似ているのかどうか。こうした問題の解明が進めば、めまいだけでなく、原因不明とされる脳などの病気も、科学的本質が見えてくるはずです。